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1995年1月16日アイスランドの雪崩災害 20年目の追悼

それは20年前の1月16日の早朝だった。
6時25分、アイスランドの西フィヨルドのスーザヴィーク(Súðavík)という200人の村で、600メートルに渡る雪崩が起き、15軒の家を飲み込んだ。二次災害の恐れもある悪天候の中、捜索救助隊の必死の捜索で12人は救出されたが、8人の子供を含む14人が犠牲になった。
アイスランドは深い悲しみに包まれて、今もあの話をするとき人は目を伏せ、声を落とす。
 
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私はその冬アイスランドにいたのだが、たまたま用事があってドイツに滞在していた。しかし、ドイツのテレビが報じたのは阪神淡路大震災の被災地の様子で、暴動を起こすことなく粛々と避難生活をおくる人々にレポーターが賞賛の声をあげていた。
それからひと月ほどして再びアイスランドに戻ってきた。言葉が不自由だったこともあるが、雪崩があったことは聞いたが、人々が6434人もの犠牲者を出した日本の震災の話をするのを聞かなかった。
その謎が、スーザヴィークの雪崩の20年目の追悼の記事を目にして、初めて解けた。それは実に阪神淡路大震災のわずか14時間前の出来事だったことを今になって知ったのだ。
アイスランドの人口が当時27万人だったから、14人の犠牲の重さは、日本に人口に換算すると6222人にも相当する。心から犠牲者たちのご冥福を祈りたい。

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