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ホフディーハウス(レーガン・ゴルバチョフ会談場)危うく消失?!(IcelandReview)

レイキャビクの歴史的な建物(1909年建造)、ホフディーハウス(Höfdi)が9月25日金曜の午後出火し、屋根裏と屋根が燃えた。消防隊員が消火活動を行っている間、近隣のオフィスのレイキャビク市の職員や警察官、トラックの運転手などが手伝って、屋内の貴重な品々を持ち出した。

ホフディーハウスはウィンストンチャーチルを迎えたこともあり、マレーネ・ディートリッヒ(ドイツの歌手・女優)がここで演技をしたとも言われている。しかしもっとも有名になったのは1986年レーガン・ゴルバチョフ会談を行った場所であるということであり、このことが冷戦の終結を招いたという。そして救出された展示物の中にはそのときのゲストブックもある。Hafdihus_3

ホフディハウスの壁はアイスランドの最も有名が画家が描いたたくさんの作品で飾られていて、それらを火災から救った者たちの中には鎮火の後抱き合って泣くものもいた。火は約一時間ほどで鎮火したが、絵画などの損傷はなかった。

しかし建物にはいくらかの損傷があり、修理が必要である。何が出火原因かはわかっていないが電気系統からの出火ではないかと考えられている。この日の早い時間にはホフディーに初めて人が移り住んでから100年を記念してオープンハウスを行ったが、火がでたときは誰もいなかった。
ホフディーハウスは廃退の時期があり、レイキャビク市が保存し市のゲストハウスとして使用することを決めたときには、ホームレスが住んでいたこともあった。

2006年10月13日にゴルバチョフ元大統領がホフディーハウスを訪問した時の話である。

「あれから20年たって、全世界にあまねくその結果が影響を与えたあの会談の場所に再び来ることができてとてもうれしい。地球を守り戦争を終わらせることができるあの決定がなされたのは実にこのレイキャビクの後だった。」

たとえそのときにはなんの合意もされなかったとしても、2日間の会談は冷戦時代の終焉の幕開けとして広く認識されるようになった。ゴルバチョフ元大統領は、レイキャビクはちょうどソ連とUSAの中間地点であったために会談場所として選ばれた、と語る。「世界の力の中心から離れたところで会談を行うというのは名案だった。」さらにアイスランドの天気は20分毎に変わるというので有名であるために「これは政治的"変化"を話し合うのに良い場所だと考えたのだ」と付け加えた。

このホフディーハウスはおばけが出るといわれていた。そのせいで会談がうまくいかなかったとか・・・。

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